トリートメントシャンプー


リタ子は、お昼寝のまどろみの中で、お昼寝している夢をみていた。

 昼寝していると、電話が鳴った。眠くてぼけぼけの頭で「せっかく寝てん
のに誰よもう〜!」とか言いながら受話器を取る。
受話器からは一言。
  「・・・・トリートメントシャンプー・・・・」
そして電話は切れた。

 リタ子は眠い頭で考えた。トリートメントシャンプーってなんのことだろー。
 電話の声は恋人の声のようだった。しかし彼がわざわざ仕事中に電話を掛け
てきてわけの判らないことを言うだろうか?しかし気になる。カイシャに電話
を掛けてみて、きいてみようか。しかしこんなしょーもないことでわざわざ電
話するのもなんだし・・・
 そう考えているうちに、また眠り込んでしまった。
 そして、目が覚めた。しかし彼女には、さっきの謎の電話が、夢の中のもの
か、現実に掛かったものか区別がつかず、混乱してしまった。夜に電話したと
きにコイビトに思わず尋ねてしまった。答えは、「いくらなんでも僕はそんな
にひまじゃないよ」
 ゴモットモ。

 リタ子は電話が嫌いだった。
 まだ中学生の頃、リタ子に言い寄ってきた上級生がいた。リタ子はそのとき
他に好きな人がいたので断った。するとその上級生は卒業するまでリタ子にイ
タズラ電話を掛け続けた。
 高校のときリタ子はエンキョリレンアイを経験した。そのときの恋人は、手
紙をほとんど書かない人だったので(リタ子は3日に1通書いていたのにだ)
会話は電話中心だった。やがて都会に住む彼に新しい彼女ができたらしいとい
う噂が流れた。電話で話すたび、今日は別れ話をするかもしれないと恐れてい
た。3ヵ月してリタ子は自分から別れを切り出した。実は彼は浮気なんてして
なくって、結局、距離に負けた恋愛となってしまったのだけど。
 こうしてすっかり電話嫌いになったリタ子だったが、ひとりで暮らし始めて
からはそうも言っていられず、でも同世代の女の子がそうであるように電話を
好きにはなれなかった。

「トリートメントシャンプー」一体何のメッセージだろう。

 もしかして外国語じゃない? フランス語で「これ何?」っていうのを日本
人が聞いたら「ケツカセ」に聞こえるって聞いたことがあるし・・・。
 リタ子は自分で思い付いた例に頭を抱えながらアドレス帳を開いた。幸いに
して彼女には外国語を専攻している友達がたくさんいた。「トリートメントシャ
ンプー」に発音が似ている文や言い回しがないか聞いて回った。タイ語、中国
語、ロシア語、アラビア語、果ては10回聞いてもきっと覚えられないインド
だかパキスタンだかの言葉まで調べてもらったがわからなかった。
 リタ子はため息をつき、熱い紅茶を入れながら、残念というよりも、友達を
集めればこれだけの言葉のことがわかることに感心してしまっていた。紅茶を
飲みながらだんだん確信してきた。
 あれはきっと何処かの言葉なんだ。
 どんな意味なんだろう? 挨拶? それとも愛の言葉? 響きからして悪い
言葉ではなさそうだけど。
 もしかしたら人間の言葉じゃないのかも知れない。リタ子はSFは苦手なの
で、宇宙人の言葉よりはネコやサカナの言葉であってほしいと思った。
 間違い電話だったのだろうか・・・だとしたら今ごろ本当の電話の相手は困っ
てないだろうか。
 もし今度かかってきたら何か返事をしなくちゃ。「間違ってますよ」ってな
んて言うのだろう。それよりニホンゴで「もしもし?」って言ったら相手は自
分が違う番号にかけたと気付くだろうか。考えていてリタ子はちょっと寂しく
なった。言葉の意味こそわからないけど自分にあてたメッセージであってほし
いと思った。「私はリタ子。あなたはだぁれ?」と言ってみたいと思った。そ
う思ったのは、電話の声がコイビトの声に似ていたからかもしれない。

 リタ子はこのことをとりあえずコイビトには秘密にしておくことにした。彼
はこういうところにはとても現実的でリタ子は時々「だからシャカイジンは・
・・」と思っていたしこの際ヒミツを持つのも悪くないと思った。
 コイビトニハヒミツ。ちょっと怪しい快さがあった。もしかしてコイビトも
同じ味を知っているかも知れないという心配はしないことにした。だいたいリ
タ子のコイビトは頭にナントカがつくほど正直で、決して隠し事のできない人
だ(とリタ子は信じている)からだ。

 返事は「ちゃんりんしゃん」ということに決めた。シャンプーというだけで
安直とも思ったし、ギャグに走っていると自分で思うのは嫌だったが、語感が
好きだったので決めた。
 その日からリタ子は電話にはすぐに出るようになった。声も明るくなった。
コイビトは「リタ子、最近電話の声が明るくなったね」と言ってくれた。
「どうして?」と尋ねるコイビトに「あのね・・・」と言い掛けて「そう?
ふふっ」と言うのはちょっと辛いけど、ヒミツだもんね。実はいたずら好きな
コイビトはそんなリタ子に言いたくて仕方がないヒミツをひとつ持ってるけれ
ど、言わないで置こうと思っている。

 コイビトともっと仲良くなって、ちょっと綺麗になったリタ子は、「ちゃん
りんしゃん」を言おうと、今日も電話のベルを待っている。