La maniere de vivre avec
un chat heureusement
しあわせなねこの飼い方 (Cas d'un homme)
「ねこと暮らしたい」
ミノルは最近切実にそう思うようになっている。
5年も続いた恋人と別れたのは去年の秋だった。彼女はたいそうネコが
好きだった。手紙にはネコの足跡型のスタンプを押して送ってきたし、ネ
コのぬいぐるみをプレゼントするととても喜んだ。ふたりっきりになると
ネコの真似をしてすり寄る彼女とじゃれあうのもとても好きだった。
いちど、キャンパスで弱っていた生後間もない子猫を拾ってきたことが
あった。手のひらに乗るような大きさのねこで彼女はポウという名前をつ
けて、一日中一緒にいた。ポウはすぐに大きくなり、とてもいたずら好き
になった。とりわけ動くものにはよく反応した。あるときなどベッドの途
中に起き出し、彼の尻に乗ったので、それ以来「そのとき」にはユニット
バスに遠慮してもらうこととなった。
ポウは飼い始めて4ヵ月で管理人の知るところとなり彼女の実家で育て
られることとなった。
別れを切り出したのはきっと彼女の方だったと思う。「思う」というの
は実はミノルも悩んでいたからだった。5年という歳月に対して自分たち
は若すぎたのかも知れない。付き合い始めた頃ミノルは18、彼女はまだ
15だった。先輩後輩から恋人への1年、2年間の遠距離恋愛を経て、半
同棲状態で1年半。彼女のマンションにミノルのものが増え、目に見えな
い恋愛のかけらが減っていってしまったのかもしれない。まだ学生のふた
りには「生活」という文字は最初こそ新鮮だったかも知れないが、次第に
それは、むいた林檎が茶色に変色するように「所帯じみる」という言葉に
変色してしまったのだろう。ミノルがもらった彼女の部屋の鍵は、禁断の
林檎をむくナイフだったのかもしれない。
「このまま俺達は結婚するのだろうか」淡いときめきが澱みに変わり始
めたのはいつのことだろう。幸せには違いないのだ。他の女性に興味があ
るわけでもない。自分は彼女しか知らないということも原因ではない、と
思いたい。
別れを切り出された日のことをミノルは思い出していた。ひとしきり泣
いて、夕食をとった。一度だけ愛しあった。抱きあいながらふたりとも涙
を流していた。ふたりとも泣いているのにどうして別れなければならない
のだろうと思った。とりあえず持てる荷物をもって部屋を出るとき、いつ
ものようなキスはせず、握手して別れた。これが13時間かかったふたり
の別れの儀式だ。
別れた理由は何だったろう。他に好きな人が出来たのかも知れない。た
だ、そうでなくても彼女は別れを切り出していたのではないかとミノルは
思う。
長く付き合っているとお互いにどこかしら似てくるものだという。もし
かしたらふたりがそれぞれに同じピリオドを探り当てたのかも知れない。
あれから1年以上たつが、ミノルは未だ新しいパートナーを見つけられ
ずにいる。彼女が忘れられないからではない、単にモテないのだ。
ただミノルはこの状態をなんとか脱したいと思っているわけでもない。
特定の相手がいなくなって1年、ミノルには友人と呼ぶことの出来る異性
が何人かできた。
その中のひとりの飼っている猫を、1週間程預かったことがある。まだ
コドモで、狭い部屋の中を探険して歩く。ぴん、と立ったしっぽが時折揺
れるのを見ているのも飽きない。食事と睡眠の他(カレはミノルの腹の上
で寝るのが習慣だった)、普段はお互いの生活に干渉しないと決めていた。
完全に同居人の扱いだ。
ねこは飼いたいのではなくいっしょに暮らしたいと思う。
いつもそのへんでゴロゴロしていてこうやって書き物をしているとしっ
ぽを立ててすり寄ってきたりして(これは都合がよすぎるかも知れない)。
自分もそいつを必要とし、そいつも自分を必要とする、だから一緒に暮
らすんだという考えは、カッコつけである。必要としているのは実はミノ
ルだけかもしれないのだし。
彼女は・・・ミノルよりも少しだけ早くこのことに気がついていたのか
も知れない。ミノルの考えている理想の関係は甘い恋人同士というもので
はないのではないか、だけど周囲から見れば恋人なわけだししていること
だって恋人同士のそれであった。だから彼女は「恋人」という付き合いは
できないと感じた、そう考えるとなんとなくミノルは納得してしまうのだ。
最後まで相手を必要としていたのは実はミノルだけだったのかも知れない。
ミノルはラジオのスイッチを入れるために立ち上がった。ミニコンポの
上には白猫がいる。あの日、彼女の部屋から返されたぬいぐるみのねこ。
新しい彼女を部屋に招待するときには“前の女のニオイ”になってしまう
のだろうか。
夜にふさわしいバラードを聴きながらこんな風に考えているミノルが次
に恋に出会うのはもうちょっと先のことのようだ。