La maniere de vivre avec
un chat heureusement
しあわせなねこの飼い方 (Cas d'une fille)
「ねこと暮らしたい」
由理は最近切実にそう思うようになっている。
猫というと由理は前の恋人との日々を思い出す。そのころ彼女はとても
ねこが好きだった。
デートで街へ出ればデパートへ行き、屋上のペットコーナーとおもちゃ
売り場の縫いぐるみのところで長いこといた。由理のはしゃぎように半分
あきれながらも彼は時々縫いぐるみを買ってくれた。
「ちょっとごめん、トイレ」と言って彼は走っていく。
イ・ツ・モ・ノ・コ・ト(彼はトイレがチカイ)。
喫茶店に入って、ティーワインを注文すると、彼は微笑んでリボンの
かかった箱を由理の前に置いた。
「プレゼント」
「え?ありがとう。開けていい?」
彼は優しい笑顔で頷いた。リボンをほどき、箱を開ける。
「あっ」
由理は小さく叫んだ。さっきおもちゃ売り場でかわいいね、欲しいなと
言っていた白いねこの縫いぐるみがいた。
「うれしい。ありがとう」
「名前つけなきゃね」
「たまご」
「え?」
「たまごって名前にするの」
「たまご?」
「変?」
「いや、由理が気に入ってくれるならそれがいいよ」
彼は優しく微笑んだ。
由理は「予想外」というのが好きだ。彼は「予想外」の天才だった。トイ
レ行くフリしてプレゼントを買ってくる(さらに本当にトイレにも行ってた
らしい)なんてのは序の口。遠距離恋愛をしていた頃、200キロもの距離
を徹夜で原付トバシてきて逢いに来たことが合った。朝早く「いまどこにい
るか分かる?」って、近所の公衆電話からかけてきて。
そのうち由理の方も「予想外」を期待するようになったが彼はさらに上
の予想外をプレゼントした。予想外は素敵だと由理は思った。素敵じゃな
い予想外もあったが、それは「番狂わせ」と呼んだ。
彼にとっては別れはとんだ「番狂わせ」だったにちがいない。
別れた理由は単純だった。恋愛感情を抱かなくなったのだ。他に好きな
人が出来たわけではなく、彼が嫌いになったわけでもない。彼に対する自
分の気持ちはすでに恋愛感情ではないと気付いたのだ。彼に対する愛情が
あるとすればそれは友愛であるだろう。とにかく、恋愛感情がないのだか
ら恋人である必要はないのだと考えた。5年も付き合った男に対してここ
まで冷静になれる自分に初めは驚いていた。自分勝手なようだが恋人でな
くなったあとも友達でいたいと思っていた。ただ彼女の言葉で彼の全部を
失うかも知れない、ということを考えると言い出せないでいた。そしてま
た彼が苦しむのも見たくなかったのだ。
結局ひと夏悩んで、9月のある日彼に告げた。いざ言うとなるとなかな
か言い出せないもので、「もしかして、そういうこと?」という彼の言葉
に頷いた由理だった。彼は泣いた。彼の泣くのを見るのは5年間で2回目
だった。
最後に一度だけ愛しあったとき、涙がこぼれたが何故なのか由理にはわ
からなかった。そして部屋には彼女の荷物だけが残った。
「たまご」は返してしまった。
今、由理には5つ年上の恋人がいて、もしかすると来年あたりには結婚
の話が出るかも知れない。今は友達となった彼に結婚する話をしたら・・
由理は最近こんなことも考える。
あのときホンキで「ケッコンシヨウネ」と言った由理を抱きしめた彼。
きっと「おめでとう、幸せにね」と言ってくれるだろう。どこまでも優し
いヒトだったから。
久しぶりに実家に帰った。まるまる太った茶トラネコが出迎えた。
「ポウ。ひさしぶりぃ!」
よっこいしょと抱きあげる。
「太ったねぇ。ダイエットしないとだめだゾ」
鼻をつつくとにゃぁと言った。
首につけた鈴がチリン、と鳴った。
ポウを抱きながら由理は不意に決心した。
「今度は恋人を連れてこよう。そして、両親に紹介しよう。」
女は結婚する人と出会ったとき、頭の中で鐘が鳴るのだそうだ。今の恋
人と出会ったときに鐘が鳴ったかは覚えてなくてとてもクヤシイ。こんな
ことを突然思い出したのは、ポウの首の鈴のせいだと由理は思った。
恋人に「ねぇ、ネコ飼っていい?」と聞いたら「ネコと浮気しなけりゃ
いいよ」と笑いながらOKしてくれるだろう。ケンカしたときは浮気して
やろう(ポウはオスなのだ)と思いながら由理はポウを抱きしめた。